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カナダ・トロントで生活しています。カメラ片手に写真で日々を綴っていきます。

手持ちぶさた

3連休最終日、市庁舎前には多くの大学生の集団がいた。
何をしていたのかネットを調べればすぐわかるのだろうけども、
そんなことはもうなんかどうでもいいかな。

笑顔で元気そうに列をなして行進している姿を眺めていると、
時間の流れ方が違うのだけは理解できた。


いろんな人の姿を撮って記録に残したい。
この街で過ごす人々の表情をもっと見てみたい。
そんな思いはずっとある。


教育とは一体なんなのだろうか?
いくら教養を積んだところで何になる?
いくら英語を勉強したところで何になる?
誰かと比べて生きていくことにどんな意味があるのか?
子供達に何かを教える時にどんな能力が必要とされるのか?


生きていくための最低限は必要でしょう。
お店に行って、自分の欲しいものを注文できないなんてことは“屈辱”です。


欲しいものを手に入れるためにお金が必要です。
コミュニケーションする能力も必要でしょう。


それは、海外のみならず、日本国内でも同じことでしょう。


自分にその能力がないことを誰かのせいにするのもいいでしょう。
経験を積むことを人生最大の目的とすることもまたいいことでしょう。


教育は、もちろん人生の岐路に立つ時に大いに役に立つ。
考え方の幅やチャンスをつかむ機会が増えていくのかもしれない。


いくら教育を受けていても、その素性や性格に難があれば、
みんなとうまくやりあっていくことはできないだろうし、そんな人間ははじかれる。
当然のことだ。


人生は、健康な体を持っていれば、
膨大な時間を費やしながら生活していくことになる。
一生かけて勉学に費やしている人は限られたほんの一握りの人間だけだ。


あんなに学生の時に、粘り強く勉学に勤めていたのに、
社会人になって何も勉強しなくなった。
よくある話だ。


人生のほんの一瞬にわずかな知恵が働けば、
人生はどうにでもなるように感じることがある。


来年の一月から家賃が25ドル上がる。
5年間一度も上がったことがなく、ずっと一律。

なんて良心的なんだろうと感心する。
居心地のいいコンド。


そういえば今年も残すところ3ヶ月。
なんともまあ。。。早い。